東京高等裁判所 昭和45年(行コ)64号 判決
一
当事者
東京都渋谷区松濤二丁目一番八号
控訴人
福田貞雄
同所
控訴人
福田たか
同都豊島区千川町一丁目二四番地
控訴人
福田吉雄
同都新宿区西落合二丁目二番一二号
控訴人
福田仲子
右控訴人四名訴訟代理人弁護士
井上峯亀
渡辺数樹
外二名
同都豊島区西池袋三丁目三三番二二号
被控訴人
豊島税務署長
丸島辰雄
右指定代理人
石倉文雄
岡田俊雄
外二名
二 主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
三 事実及び争点
1 控訴人らは
「(1)、原判決を取り消す。
(2)、被控訴人が控訴人らの相続税について昭和四一年一二月一四日付でした更正処分のうち、東京国税局長の審査裁決によつて維持された部分は、各申告額をこえる限度でこれを取り消す。
(3)、訴訟費用は第一及び第二審とも被控訴人の負担とする。」
との判決を求め、
被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。
2 当事者双方の主張する事実関係は次に加える他は、原判決書事実欄に記載の内容と同一であるからこれを引用する。
(1)、本件における争点は、控訴人ら主張の本件土地のうちA部分(原判決書事実欄第二に表示)の課税価額算定に当つて、いわゆる底地価格を自用地としての価格の二割とするか八割とするかにある。
(2)、控訴人らはとくに次の点を強調した。昭和三九年四月二五日付国税庁長官の相続税財産評価に関する基本通達がなされるまでは、相続税の課税に当つて借地権付の土地を評価するのに、借地権の残存期間、地代額、借地権の目的等を要素として借地権の価格を定めることはなされずに、土地の自用地としての価格及びその階級区分別に定めた一定の借地権割合によるものとされており、その扱いはすでに行政先例法となり慣習法となつていた。ところが、被控訴人は、右通達を突如適用し、しかもその通達の示達以前である同年一月一一日開始の本件相続についてさかのぼつて適用した。右慣習法化した行政先例を一片の行政通達で変更すること自体不当であるのに、この遡及適用は、明かに憲法第八四条による租税法定主義と、不遡及主義とに反するものである。
仮に被控訴人主張のとおり、昭和二六年以来特別措置をとることの通達があつたとしても、従来その適用がなかつたのに突如本件について、その適用をしたことは不当であるばかりでなく、そもそも、相続税課税上最も重要なその財産の時価の算定方法について、本件のような場合をも含める詳細な基準を設けずに、単に課税担率の一行政庁の裁量に委せ、行政組織の内部的な通達で右基準を定めていることも、右憲法の定める精神に反することである。
3 被控訴人は、次のとおり追加主張をした。
国税庁においては、従来主張の昭和三九年四月二五日付同庁長官の基本通達の前にも昭和二六年一月二〇日付で富裕税財産評価事務取扱通達が発せられていて、これには本件相続財産と同様な財産の評価については右基本通達に定めるのと同じく、予め個々的に上級国税局長の指示を求めるよう定められており、右基本通達が発せられるまで毎年相続税課税上の時価算定には富裕税財産評価事務取扱通達の右定めによるべきことが通達されていたのであるから、本件の財産評価は前記基本通達を遡つて適用したことによるものではなく、たまたま他に適例がなかつたので本件がその適用の初めての例となつたものにすぎない。
4 証拠の関係では、新に、控訴人らは甲第二ないし第四号証の各一、二を提出し、証人西崎高正の証言を援用し、被控訴人が当審で提出した乙各号証の成立を原本の存在とともに認め、被控訴人は乙第三号証の四、第四号証の一ないし八、第五号証を提出し、控訴人らが当審で提出した甲各号証の成立を原本の存在とともに認めた。
四 理由
1 当裁判所も控訴人らの請求を失当と判断する。その理由は、次に加えるほか、原判決書理由欄記載の内容と同一であるからこれを引用する。
(1) 相続税の課税に当つては、相続財産の価格が、その相続取得の時価によつて評価されることは相続税法(第二二条)の定めるところである。ところで、その時価の算定は具体的な財産毎に甚だしく多様な各種事情を参しやくしてなされることになり、その結果として、納税者にとつて納税額の予測、申告額の算出等に困難をもたらし、他方、ときにより、課税処分の公正を疑われることもありえないとはいえない。したがつて、その時価算定について取扱基準について通達等を定めて、可能なかぎり算定上の扱いを統一的にし、明確、公正な行政に資することは望ましいことではあるが、そのことは右各事情からしてより多く便宜であるというに止まり、すべての特種な場合を含めて一般基準を定めなければ、公平、公正、能率を期されないというものではない。社会事情は常に変動し、時価算定の参考諸要素は時と所によつて一定でないから、特種な事情のありうる財産の評価についてまでも一般的な基準によるように固執し、右変動と個別性とを無視するときは却つて時価算定が不適正となり、課税の公平を欠くことになるからである。これを避けるためには、右特種財産の時価算定に当り、課税当局者が、ただ通常一般の財産評価基準のみによるのではなく、変動する諸事情と個別性とを調査、観察したうえ、さらに上級官庁による指示を求めさせて、その厳正な検討と監督とを加えて個別にその時価を算定することにするのも、その算定の具体的な妥当性と課税の公平とを期し、かつ、算定の客観性と公正とを保たせる適切な方法でもあるということができる。
このように、右時価の算定基準を一般的に定め、常に社会事情の変動等に応じてその改定に努め、さらにこれによることが却つて課税の公平を期し難いものについて個別的な算定方法をとつても、なお、個々の財産の評価に当つて配慮すべき事情のある場合もありうるのであつて、右算定に当る行政庁の措置が右予め定められた基準や方法の範囲であれば、自由であるというものでないことはいうまでもなく、それが適正を欠くときは、所定の手段でその是正を求めることもでき、さらに、本件のように出訴の途もある。これらのことを併せ考えれば、右財産の時価算定方法が一般的なものにせよ、特別なものにせよ、法定されていないことをもつて憲法第八四条に違反するとはいえない。
(2) 本件についてみるのに、引用にかかる原判決の示すとおり、本件土地についての課税価格算定方法は合理的であり、その価格は適正である。
右評価の方法は、控訴人らの指摘する昭和三九年四月二五日付通達の定めをさかのぼつて適用したことになるかの観を呈しているが、成立に争いのない乙第四号証の一ないし八及び第五号証によれば、被控訴人主張のように、すでにその前の昭和二六年一月二〇日付通達中の、本件の場合と同様、上級国税局々長の指示を受けて特別の算定方法をとるべき旨の定めに準拠すべきことが毎年示達されていたことを認めることができ、本件土地の課税価格算定方法は右示達による右昭和二六年一月二〇日付通達の定めによるものと同様であることも被控訴人主張のとおりであるから、本件の右算定は控訴人ら主張のように、通達の遡及適用であるともいえないので、そのこを前提とする控訴人らの非難はあたらない。
(3) 本件土地の前記評価は以上示達による特種扱いの初めてのものであることは被控訴人もこれを争わないが、右評価が適正であることは前に判断のとおりであるうえに、本件以前にも多くの右特種扱をすべき場合があつたにもかかわらず、その扱をしないで、本件のみについて突如その扱をした事実を証する適確な証拠もないので、本件の評価をもつて、行政の内部通達にも、法の定めにも反して全く新な扱をした不当、不公正なものとはいえず、もとより前出憲法の定めたにも、その精神にも反するものとはいえない。
(4) 以上のほか、当審で新に提出された証拠を併せ検討しても、原判決において認定した諸事実に変更を加えるべきものはない。
そこで、控訴人らの請求を棄却することとし、これと同旨の原判決は相当であるから、本件控訴を棄却し、民事訴訟法第九五条、第九三条及び第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長判事 畔上英治 判事 上野正秋 判事 兼子徹夫)